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医療法人

個人クリニックから医療法人へ——「設立のタイミング」を逃さないための手続き完全ガイド

2026年7月11日 菊池 未聖|行政書士・行政書士きくち事務所代表

「そろそろ法人化を考えているが、何から手をつければいいかわからない」——個人開業医の方からこうした相談を受けるとき、私がまず確認するのは「なぜ今、法人化を考えているのか」という動機です。節税目的なのか、分院展開を見据えているのか、後継者への承継を準備しているのか。動機によって、最適なタイミングも、準備すべき書類の優先順位も変わります。

医療法人の設立は、会社設立とは根本的に仕組みが異なります。株式会社であれば定款認証と登記申請で設立できますが、医療法人の場合は都道府県知事の認可が必要であり、認可申請の受付は原則として年に1〜2回しかありません。つまり、「来月から法人で動きたい」という発想では間に合わないのです。設立までに要する期間は早くて6〜8か月、準備が整っていなければ1年以上かかることも珍しくありません。

このコラムでは、医療法人設立の手続きを「定款作成」「認可申請」「登記」という三つの関門に沿って解説します。制度の概要から実務上の注意点まで、私がこれまでクライアントと向き合ってきた経験を踏まえて具体的にお伝えします。「法人化を検討している」段階の方にこそ、早めに目を通していただきたい内容です。

医療法人とは何か——個人開業との根本的な違い

医療法人は、医療法(昭和23年法律第205号)第39条に基づいて設立される法人です。同条は「病院、医師若しくは歯科医師が常時勤務する診療所、介護老人保健施設又は介護医療院を開設しようとする社団又は財団は、この法律の規定により、これを法人とすることができる」と定めています。

現在、医療法人の大多数を占めるのは「医療法人社団」です。財団型は寄附行為によって設立され、個人や企業が資産を拠出して設立するもので、開業医が選択するケースは少ないため、本コラムでは社団型を前提に解説します。

個人開業との主な違いは以下の通りです。

項目個人開業医療法人(社団)
法的主体個人(開業医本人)法人(社団)
設立手続き開設届の提出都道府県知事の認可
剰余金の配当制限なし原則禁止
分院・介護事業展開原則不可可能(附帯業務として)
承継相続・事業譲渡が複雑持分なし社団は比較的整理しやすい

重要な点として、医療法人は剰余金の配当が禁止されています(医療法第54条)。利益を出資者に還元することはできませんが、理事長報酬として適切な報酬を設定することは可能であり、所得の分散による節税効果を期待する開業医は多い傾向があります。ただし、税務上の取り扱いは個々の状況によって異なるため、税理士との連携が不可欠です。

持分あり・持分なしの選択——2006年改正が変えたこと

2006年(平成18年)の医療法改正以降、新たに設立できる医療法人は「持分の定めのない社団」に限定されました。それ以前に設立された「持分の定めのある社団(旧法人)」は経過措置として存続していますが、新規設立では選択できません。

持分の定めのない社団では、社員(※株式会社の株主に相当する概念ですが、医療法人においては「出資者」ではなく「社員」として位置づけられます)が脱退しても出資金の払い戻し請求権がなく、解散時の残余財産は国・地方公共団体・別の医療法人等に帰属します。この仕組みが「非営利性の徹底」という方針のもとに定められたものです。

ポイント:「出資持分がないと損をするのでは?」と不安を感じる方も多いのですが、医療法人の実態は「法人に財産を帰属させながら、理事長として運営し報酬を得る」という構造です。持分がないこと自体が直接的な損失につながるわけではありません。ただし、廃業・解散時の財産の帰属については事前に十分理解しておく必要があります。

設立手続きの全体像——6つのステップ

医療法人の設立は、大きく次の流れで進みます。

  1. 事前相談・書類準備:都道府県の担当窓口(多くの場合、保健医療局や福祉保健局)への事前相談を行い、申請スケジュールと必要書類を確認する
  2. 定款の作成:医療法人の目的・名称・所在地・資産・役員に関する事項などを定款に定める
  3. 社員総会の開催・設立総会議事録の作成:設立時社員が集まり、定款の承認・役員選任等を行う
  4. 都道府県知事への認可申請:定款・資産目録・事業計画書等の書類一式を提出する
  5. 認可書の受領・診療所開設許可の申請:認可後、新たに診療所の開設者が法人名義に変更される
  6. 法人設立登記:認可書受領後2週間以内に法務局へ登記申請を行う(医療法第46条の3の2)

ステップ4の認可申請の受付期間は都道府県によって異なりますが、多くの自治体では年2回(例:4〜5月申請・10〜11月申請)の受付となっています。受付期間を逃すと次の回まで待つことになるため、スケジュールの把握が非常に重要です。

定款に記載すべき事項

定款は医療法人の「憲法」ともいえる最重要書類です。医療法第44条は、定款に必要的記載事項として以下を定めています。

  • 目的(開設する医療機関の種別)
  • 名称
  • 事務所の所在地
  • 資産に関する事項
  • 役員に関する事項
  • 社員総会・理事会に関する事項
  • 業務執行に関する事項
  • 会計に関する事項
  • 解散に関する事項
  • 公告の方法

各都道府県は定款のひな形(モデル定款)を公表しており、実務上はそれをベースに個別事情を反映させる形で作成します。ただし、ひな形をそのまま流用すると、実際の診療科目や附帯業務の記載が不十分になるケースがあります。特に、将来的に居宅介護支援事業や訪問看護ステーションを附帯業務として展開したい場合は、設立時の定款にその旨を盛り込んでおく必要があります。後から定款を変更するには都道府県知事の認可が必要であり(医療法第54条の9)、相応の手間と時間がかかります。

認可申請の主な要件と提出書類

認可申請において都道府県が審査するのは、主に「非営利性」「安定的な経営基盤」「適切な役員構成」の三点です。

資産要件

医療法人の設立には一定の自己資産が求められます。具体的な金額は都道府県によって異なりますが、多くの自治体では診療所の開設に必要な資産(医療機器・内装・保証金等)の相当部分を法人の自己資産として確保することが求められます。金融機関からの借入で賄った資産は原則として自己資産に算入できないため、手元資金の状況は早めに確認しておく必要があります。

役員要件

医療法人社団は理事3名以上・監事1名以上の役員が必要です(医療法第46条の5)。理事のうち少なくとも1名が理事長として管理者(医師または歯科医師)を兼ねることが原則です。役員には欠格事由(禁錮以上の刑に処せられた者等)がないことの確認も行われます。

主な提出書類(都道府県により異なる場合あり)

  • 定款(案)
  • 設立総会議事録
  • 役員名簿・履歴書・就任承諾書
  • 資産目録・財産目録
  • 事業計画書・収支予算書(2〜3年分)
  • 診療所の平面図・不動産の登記事項証明書または賃貸借契約書
  • 医師・歯科医師免許証の写し
  • 社員名簿・社員の印鑑証明書

書類の数は多く、かつ相互に整合性が取れていることが求められます。収支予算書と資産目録の数値が噛み合っていない、定款の目的と事業計画書の記載が一致していない——こうした不整合が審査遅延や補正指示につながる典型的なケースです。

費用と期間の目安

医療法人設立にかかる主なコストは以下の通りです。

項目目安金額備考
登録免許税(設立登記)60,000円資本金が一定額を超える場合は変動あり
定款認証手数料不要医療法人の定款は公証人認証不要
司法書士報酬(登記)50,000〜100,000円程度登記申請を依頼する場合
行政書士報酬(認可申請)200,000〜400,000円程度事務所・地域・業務範囲により異なる

行政書士報酬の幅が大きいのは、書類の複雑さ・自治体との折衝の手間・附帯業務の有無等によって作業量が大きく異なるためです。「安ければいい」という選択が後工程でのやり直しにつながることもあるため、費用対効果で判断されることをお勧めします。

期間の目安は、準備開始から登記完了まで最短6か月、通常8〜10か月程度です。自治体の審査期間だけで3〜4か月かかることが多く、書類準備・事前相談を含めると半年以上の余裕を持って動き出す必要があります。

よくある失敗と注意点

失敗1:申請受付スケジュールを把握していなかった

最もよくある失敗です。「今月から準備を始めれば来月には申請できる」という感覚で相談に来られる方が一定数います。しかし前述の通り、受付期間は年2回程度であることが多く、タイミングを逃すと半年以上待つことになります。まず最初に管轄都道府県の申請スケジュールを確認することを強くお勧めします。

失敗2:事業計画書の収支見込みが不合理

収支予算書は「絵に描いた餅」では通りません。現在の個人開業時の収支実績と大きく乖離した楽観的な計画は、審査担当者から補正を求められることがあります。現実的かつ根拠のある数値を積み上げることが重要です。

失敗3:定款の目的と実態が一致していない

定款の目的欄に記載した診療科目と、実際に開設している診療科目が一致していないケースがあります。また、将来展開したい事業(訪問診療・介護事業等)を定款に盛り込み忘れ、後から定款変更の手続きが必要になった事例も見受けられます。

医療法人の設立後に定款を変更するには、社員総会の特別決議に加え、都道府県知事の認可が必要です(医療法第54条の9)。設立時に将来の事業展開を見越した定款を作ることが、後々の手間とコストを大きく抑えます。

失敗4:個人診療所の資産・負債の整理が不十分

個人開業から法人化する際は、個人の資産・負債と法人の資産・負債を明確に分離する必要があります。医療機器のリース契約・借入金の名義変更・不動産の賃貸借契約の切り替えなど、法人設立前後で整理すべき事項は多岐にわたります。税理士・司法書士と連携しながら進めることが重要です。

行政書士に依頼するメリット

医療法人の設立手続きは、法律・書類作成・自治体との調整が複雑に絡み合います。行政書士に依頼することで、次のようなメリットが生まれます。

  • スケジュール管理:申請受付のタイミングに合わせた逆算スケジュールを立て、準備漏れを防ぎます
  • 書類の整合性確保:定款・事業計画書・資産目録等の相互整合性を確認し、補正指示を最小化します
  • 自治体との事前調整:事前相談の場で担当者の懸念点を把握し、申請前に解消します
  • 定款への将来事業の反映:クライアントの中長期的な経営ビジョンをヒアリングし、定款に適切に盛り込みます
  • 関連専門家との連携:税理士・司法書士との連携が必要な場面を整理し、適切な専門家をご紹介します

行政書士は行政書士法第1条の2に基づき、官公署に提出する書類の作成を業とします。医療法人の認可申請書類の作成・提出代行はまさにその業務範囲に含まれます。「書類を作るだけ」ではなく、手続き全体のプロジェクトマネジメントとして機能できるのが、経験ある行政書士に依頼する実質的な価値です。

まとめ

  • 医療法人の設立には都道府県知事の認可が必要であり、申請受付は年1〜2回が多いため、早めの準備が不可欠です
  • 新規設立できる医療法人は「持分の定めのない社団」に限定されています(2006年改正以降)
  • 設立手続きは定款作成・社員総会・認可申請・診療所開設手続き・法人登記の順に進み、全体で6〜10か月程度かかります
  • 定款は将来の事業展開(分院・介護事業等)を見越して作成することが重要です。後から変更するには都道府県知事の認可が必要です
  • 資産要件・役員要件・収支計画の整合性が審査の主なポイントです
  • 登録免許税・行政書士報酬・司法書士報酬を合わせると、30〜50万円程度の費用が目安です(地域・業務範囲により変動)
  • 税理士・司法書士との連携が必要な場面が多いため、専門家チームとして動ける体制を整えることが重要です

Closing Note

医療法人の設立を「難しそう」と感じて後回しにしている開業医の方は少なくありません。確かに手続きは複雑ですが、「いつ動き出すか」の判断こそが最も重要です。申請受付のタイミングを逃せば半年以上のロスが生まれ、その間も個人事業主としてのコストや機会損失が積み重なります。

私のところに相談に来られる方の多くは、「もっと早く動けばよかった」とおっしゃいます。「来年度から法人化したい」と考えているなら、動き出すべきは今です。まずは管轄都道府県の申請スケジュールを確認し、専門家への相談を一歩前に進めてみてください。具体的な疑問・ご状況があれば、ぜひお気軽にご相談ください。

菊池 未聖

菊池 未聖

行政書士・行政書士きくち事務所代表
医療法人鳳應会 理事

慶應義塾大学法学部卒。助成金・補助金の申請と医療法人設立を専門とする行政書士。ものづくり補助金・IT導入補助金・小規模事業者持続化補助金・キャリアアップ助成金・事業再構築補助金からクリニック開業補助金まで。採択される申請書の書き方を中小企業・個人事業主、医療機関向けに発信。