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遺言・相続

遺言書があっても覆せる「遺留分」——相続人が知っておくべき最低保障の仕組みと請求の実務

2026年7月23日 菊池 未聖|行政書士・行政書士きくち事務所代表

「遺言書があるから、うちの相続は大丈夫」——そう安心している経営者の方や個人の方ほど、後になって想定外のトラブルに直面することがあります。遺言書は確かに強い効力を持つ法的文書ですが、遺言書の内容が絶対かといえば、そうではありません。日本の民法は、一定の相続人に対して「遺言の内容にかかわらず最低限受け取れる割合」を保障しています。それが遺留分(いりゅうぶん)という制度です。

クリニックを経営されているオーナー院長が「事業を承継する子ども一人にすべてを相続させる」と遺言に書いたとしても、他の子どもや配偶者は黙って引き下がるわけではありません。遺留分を主張することで、法律上定められた割合の財産を受け取る権利を行使できます。逆に言えば、遺言を作成する側も、遺留分を無視した内容では後々紛争に発展するリスクを抱えることになります。

今回は「遺留分とは何か」という基本から、計算方法・請求の手続き・時効・よくある落とし穴まで、実務家としての経験を踏まえて具体的にお伝えします。遺言書の作成を検討している方にも、すでに遺言書を受け取った方にも、ぜひ読んでいただきたい内容です。

遺留分とは——「遺言の自由」と「家族の保護」のバランス

遺留分は、民法第1042条以下に規定された制度です。簡単に言えば、被相続人(亡くなった方)が遺言によって財産の処分を自由に決められる一方で、一定の近親者には「最低限受け取れる割合」を法律が保障するという仕組みです。

なぜこのような制度があるのかというと、相続財産の中には、家族が長年にわたって生活の基盤としてきた不動産や事業資産が含まれることが多く、それを全て第三者や特定の一人に与えてしまうことは、残された家族の生活を著しく脅かす可能性があるからです。財産形成に貢献してきた配偶者や、生活を支えてきた子どもたちへの最低限の配慮を法的に担保するのが、遺留分制度の本質的な目的といえます。

遺留分が認められる相続人の範囲

すべての相続人に遺留分があるわけではありません。民法が遺留分を認めているのは、次の相続人に限られます。

  • 配偶者
  • 子(代襲相続人を含む)
  • 直系尊属(父母・祖父母など)

注意すべき点として、兄弟姉妹には遺留分がありません(民法第1042条第1項)。これはよく誤解される点なので、覚えておいてください。例えば「兄弟に何も渡さず、全財産を配偶者に」という遺言があっても、兄弟側からは遺留分の請求はできません。

遺留分の割合と具体的な計算方法

遺留分の割合は、法定相続分(民法が定める本来の相続割合)を基準に計算されます。民法第1042条では、次のように定められています。

直系尊属のみが相続人である場合:遺留分の総体的割合は法定相続分の3分の1
上記以外の場合:遺留分の総体的割合は法定相続分の2分の1

つまり、まず相続人全体の遺留分(総体的遺留分)を算出し、次に個々の相続人の法定相続分に応じて按分します。

具体的な計算例

たとえば、被相続人が配偶者と子ども2人(A・B)を残して亡くなった場合を考えます。

  • 法定相続分:配偶者1/2、子ども各1/4
  • 総体的遺留分:法定相続分の1/2
  • 配偶者の遺留分:1/2 × 1/2 = 1/4
  • 子どもA・Bそれぞれの遺留分:1/4 × 1/2 = 各1/8

相続財産が5,000万円であれば、配偶者は最低1,250万円、子どもA・Bはそれぞれ625万円を遺留分として主張できる計算になります。

なお、遺留分の計算の基礎となる財産(遺留分算定基礎財産)は、単純に相続時の遺産だけではありません。生前贈与が含まれることがある点に注意が必要です。民法第1044条の規定により、相続人への贈与は原則として相続開始前10年以内のもの、第三者への贈与は相続開始前1年以内のものが算入されます(当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知って行った贈与は期間制限なし)。

ポイント:生前贈与が多い場合や、事業用資産が絡む場合は遺留分の計算が複雑になります。相続財産の全体像を把握したうえで、専門家に試算を依頼することをお勧めします。

遺留分侵害額請求の手続きと流れ

遺留分を主張する手続きは、2019年(令和元年)7月1日施行の改正民法によって大きく変わりました。改正前は「遺留分減殺請求権」として、遺産の現物を取り戻す形での請求でしたが、改正後は「遺留分侵害額請求権」として、金銭による支払いを求める形に一本化されました(民法第1046条)。

この改正は実務上、非常に重要な変化です。改正前は不動産や事業用資産の「持分」を取り戻す形になるため、共有状態が生じて事業承継の妨げになることが多々ありました。改正後は金銭請求に統一されたため、事業や不動産を承継した相続人がそのまま資産を保有しつつ、侵害額に相当するお金を支払う形になっています。

請求の具体的なステップ

  1. 内容証明郵便による意思表示:まず遺留分を侵害された相続人が、遺留分侵害額請求の意思表示を行います。時効の起算点との関係で、口頭ではなく内容証明郵便で行うことが実務上の鉄則です。
  2. 当事者間の協議:金額や支払い方法について話し合いで解決できる場合は、合意書(示談書)を作成します。
  3. 調停・訴訟:協議が整わない場合は、家庭裁判所への調停申立て、さらに訴訟へと進みます。

なお、金銭の支払いについて受遺者または受贈者(財産をもらった側)が「すぐには支払えない」という事情がある場合、裁判所は支払いの期限の猶予を認めることができます(民法第1047条第5項)。これも改正によって新設された規定です。

見落としがちな時効——請求できる期間は限られている

遺留分侵害額請求権には時効があります。これを知らずに時間を過ごしてしまうと、権利が消滅してしまう場合があります。民法第1048条には次のように定められています。

遺留分侵害額請求権は、遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年で時効消滅する。相続開始の時から10年を経過したときも同様とする。

つまり時効には二つのルートがあります。「知った時から1年」と「相続開始から10年」です。実務上問題になるのは前者で、被相続人が亡くなってすぐに遺言書の内容を知った場合、1年以内に行動しなければ権利を失います。

「そんなに早く動けない」「まだ気持ちの整理がついていない」という状況はよく理解できますが、法律は感情的な事情には配慮しません。万一、遺留分を侵害されていると感じた場合は、まず内容証明郵便による意思表示だけでも早期に行っておくことが重要です。意思表示さえすれば、その後の金額交渉を並行して進めることができます。

遺言書の内容を知ってから何もせずに1年が経過すると、遺留分侵害額請求権は時効消滅します。「話し合い中だから大丈夫」と思って書面による請求を怠ると、権利を失うリスクがあります。必ず専門家に相談しながら対応してください。

よくある失敗と注意点——経営者・事業承継でのリスク

遺留分をめぐるトラブルは、一般家庭だけの問題ではありません。クリニックや中小企業の経営者の方の場合、事業承継と絡んで深刻な問題になることがあります。

ケース1:「全財産を長男に」という遺言が紛争の火種になる

クリニックを経営しているオーナー院長が「診療所・医療機器・預貯金のすべてを後継者である長男に相続させる」という遺言を残した場合、次男や配偶者は遺留分の侵害を主張できます。長男が金銭を用意できなければ、最悪の場合、医療機器や不動産の売却を迫られる事態にもなりかねません。

ケース2:生前贈与で「対策済み」のつもりが計算に含まれる

「生前に財産を渡してしまえば遺留分の問題は起きない」と考える方も少なくありませんが、前述の通り、一定期間内の生前贈与は遺留分の計算に算入されます。特に相続人への贈与は10年間さかのぼって計算されるため、「贈与したから安心」という判断は危険です。

ケース3:遺留分の放棄を安易に求める

相続開始前(被相続人が生存中)に遺留分を放棄させることは、家庭裁判所の許可を得れば可能です(民法第1049条)。しかし、本人が自由意思でなく「言われたから」「圧力があったから」という状況で放棄した場合、後に問題になることがあります。また、放棄の許可申立ては各相続人が個別に家庭裁判所へ申し立てる必要があり、手続きが煩雑になりがちです。

ポイント:事業承継を含む相続設計は、遺留分を「なかったこと」にするのではなく、遺留分を考慮した上で全相続人が納得できる設計を目指すことが長期的な安定につながります。

専門家に依頼するメリットと行政書士ができること

遺留分に関する問題は、法律の知識だけでなく、家族関係・財産評価・税務との絡みなど、多角的な視点が必要です。私が実務の中で感じるのは、「問題が起きてから相談に来る方が多い」という現実です。遺言書の作成段階から遺留分を意識した設計をしておけば、多くのトラブルは防げます。

行政書士は、遺言書(公正証書遺言・自筆証書遺言)の作成サポートを行うことができます。具体的には、遺留分を考慮した遺言内容のアドバイス、遺産の一覧整理、遺言書作成のための公証役場との調整、遺言執行者への就任などが挙げられます。遺産分割協議書の作成も行政書士の業務範囲です。

一方、遺留分侵害額請求が実際に争いになった場合——調停や訴訟の段階——は弁護士の領域になります。行政書士としてできることとできないことを正直にお伝えした上で、必要であれば弁護士との連携をご提案することも、私が大切にしているスタンスです。相談の入口として、まず行政書士に「現状の整理」を依頼するだけでも、問題の全体像が見えやすくなると感じています。

まとめ

  • 遺留分とは、配偶者・子・直系尊属に認められた「遺言があっても請求できる最低限の相続割合」であり、民法第1042条以下に規定されている。
  • 兄弟姉妹には遺留分がない。この点はよく誤解される。
  • 遺留分の総体的割合は、直系尊属のみが相続人の場合は法定相続分の1/3、それ以外は1/2。
  • 2019年の民法改正により、遺留分侵害は「金銭請求」として処理されるようになった(遺留分侵害額請求権)。事業承継においては改正前より影響が抑えられているが、金銭準備の問題は残る。
  • 遺留分の計算には、一定期間内の生前贈与も算入される。贈与による「対策済み」は過信禁物。
  • 時効は「知った時から1年」または「相続開始から10年」。特に前者に注意し、早期に内容証明郵便で意思表示することが重要。
  • 遺言書の作成段階から遺留分を考慮した設計をすることが、相続トラブル防止の最善策。行政書士は遺言書作成のサポートや遺産整理で力になれる。

Closing Note

遺留分は、遺言書を作る側にとっては「制約」に見えるかもしれません。しかし私は、遺留分という制度を「残された家族関係を守るための最後のセーフティネット」として捉えています。どれほど合理的な事業承継の設計であっても、遺された家族の間に深刻な遺恨を残すようでは、本当の意味での「良い相続」とは言えないでしょう。遺留分を正確に把握し、それを前提とした遺言・相続設計を早い段階から始めることが、経営者の方にとっても個人の方にとっても、後悔のない選択につながると確信しています。

「自分の場合、遺留分はどうなるのだろう」と少しでも気になった方は、まず現状の財産と家族関係を整理するところから始めてみてください。行政書士きくち事務所では、遺言書の作成支援から相続全体の初期相談まで対応しております。一人で抱え込まず、早めにご相談いただければと思います。

菊池 未聖

菊池 未聖

行政書士・行政書士きくち事務所代表
医療法人鳳應会 理事

慶應義塾大学法学部卒。助成金・補助金の申請と医療法人設立を専門とする行政書士。ものづくり補助金・IT導入補助金・小規模事業者持続化補助金・キャリアアップ助成金・事業再構築補助金からクリニック開業補助金まで。採択される申請書の書き方を中小企業・個人事業主、医療機関向けに発信。